– OUR STORY –

すべての旅は冒険であり、ストーリーでもあります。 そして、これが私たちのストーリーです。

1939

ツヴィ・チタヤットはイラクのバグダッドで生まれました。

Zvi Chitayat viewing Japanese Akoya Pearls

1950

ツヴィが11歳のとき、彼の家族はイラク国内に止まるのは危険だと判断し、1948年に建国されたイスラエルに移住しました。

Zvi Chitayat viewing Japanese Akoya Pearls

1962

真珠の素晴らしさと美しさに魅了されたツヴィは、「一生に一度」のような機会をつかみ、真珠のバイヤーとして、最も著名な日本の真珠企業でのキャリアを始めました。彼の冒険は真珠養殖の主要地域の1つである日本の伊勢から始まり、そこで真珠の素晴らしさのみならず日本文化などあらゆる側面を学びました。

Japanese Pearl Divers

1963

ツヴィは、真珠の街として知られている神戸に真珠のバイヤーとして住みはじめ、伝統的な日本の真珠貿易に乗り出しました。

1969 

7年間真珠技術を学んだ後、ツヴィは彼の妻と一緒に東京へ引っ越しました。そして日本の真珠養殖場からアコヤ真珠を厳選し、輸出することを専門とする真珠卸売会社Amit Tradingを創立しました。これが、その後50年以上続くこととなる旅の始まりでした。

Zvi Chitayat viewing Japanese Akoya Pearls

1972

Amitの真珠はその高品質さと精密さで評価され、他の真珠の卸売業者、宝石会社、またヨーロッパ、アメリカ、香港のブティックからのご要望明けではなく、多く個人のお客様からAmitの真珠を購入したいとご要望を多く受け取りました。

Zvi Chitayat viewing Japanese Akoya Pearls

1979

ドリ・チタヤットが東京で生まれる。

 

Zvi Chitayat viewing Japanese Akoya Pearls

1995

Amitはタヒチ真珠と南海真珠の調達を開始しました。卸売りにおける成功は、Amitを世界クラスの真珠の輸出企業へと導きました。同時に、私たちの真珠の品質がより知られるにつれ、他では見つけることが難しい真珠の「特別注文」を求める個人のお客さまの数が増加しました。

1999

Amit Tradingの誕生から30年後、私たちは真珠のアトリエを東京の六本木にオープンし、真珠を通して喜びを広めるだけではなく、ダイヤモンドの創作デザインも始めました。

2001

Amitは、日本と世界の厳選された真珠を企業向けに取引を行うだけではなく、真珠のジュエリーを親密に設計して個々の顧客に合わせたデザインを提供してきたことで、真珠の卸売りと小売りの両方で世界的に有名になりました。

Hong kong view

2005

真珠の一家に生まれたドリは、珠の繊細さとアトリエの秘密を創立者である父から学び、26歳で入社しました。

2016

家族の伝統を受け継ぎ、ドリは父親から2世代目のキュレーター兼マネージングディレクターに就任。 素晴らしい真珠を購入するのに最適な場所としての評判を維持し、また長年にわたる日本および世界中の真珠養殖場との関係を継続しています。

White and Gold south sea pearls next to Black Tahitian pearls.

2020

同社の公式ブランド、Pearls.jpの設立。